認知症の予防

以下の内容は、以前「認知症の予防」というテーマで、一般の人を対象に話をした原稿です。前記した記事で、認知症を血管の病気に分類した理由の、お答えになれば幸いです。血管の病気を予防する方法は、この記事では、短くしか触れておりません。また、機会を改めて、記載したいと思います。
 
私は医師ですので、病院で診療に当たっています。
様々な患者さんに会います。
生まれるときにそういう病気になることが決まっていて、病院に重ねて通院しているお気の毒な患者さんもあります。しかし、病気に対する正しい知識を持ち、その通りに生活をしていたら、今こんな病気で苦しまなくて済んだ患者さんも、決して少なくありません。そのような患者さんに接するとき、未だ病気に侵されていない、健康な方々に医学講座を行う大切さを知らされます。
 
本日は、「認知症の予防」というテーマで話を致します。
日本では65歳以上の10人に1人、85歳以上の3人に1人が認知症と言われています。
認知症は、罹患した本人の心痛も大変なものだと思いますし、また家族や介護従事者の負担も大変大きな病気です。これだけ身近で、かつ重大な病気ですから、認知症にならない為にはどうすればいいのか?こんな疑問を持っておられる方が多いので、今日このような話を希望されたのではないかと思います。疑問を少しでも解消し、不安を除けたら良いと考えております。
 
 
認知症とは何か?
 
最初に映像を上映します。渡辺謙認知症を演じ話題となった、明日の記憶という映画です。この映画は、第30回日本アカデミー賞で、優秀作品賞に、主演の渡辺謙は最優秀男優賞に選ばれております。認知症の初期症状が克明に描かれております。どうぞご覧ください。約8分間です。
この中で、いくつ認知症の症状に気づかれたでしょうか?
 
認知症とは、短期記憶障害と、認知機能障害によって、生活に支障がある状態を言います。
 
記憶障害と言っても、遠い昔のことはよく覚えています。今日の食事とか、一か月前の出来事とか、比較的最近のことが覚えられなくなってしまいます。専門用語で、短期記憶障害と言います。
先生朝何を食べたか覚えていないのです。認知症ではないでしょうか、と外来に来る患者さんもあります。こういう場合はたいてい、認知症ではありません。認知症の記憶障害では、おばあさん、朝ごはん食べられましたか?と尋ねると、「食べとらん、嫁が食べさせてくれんのや」と食べたことそのものまで忘れてしまいます。
 
認知機能障害の代表的な症状である、失認とは、認識できないということで、目は見えているけれどもその人と認識できない、音は聞こえるけれど何を言っているかわからない、このようなことを言います。
 
記憶障害や、失認などによって、日常生活に支障をきたした状態を、認知症と言います。
 
認知症がこのような状態だと分かれば、認知症の患者さんが徘徊するのもうなずけると思います。
ある認知症のお婆さんが、一人での生活が難しいということで、息子の家に引き取られました。引き取られた直後から徘徊を繰り返すことになったとすれば、そのことはどう説明できるでしょうか。
お婆さんは30年間住み慣れた家のことはよく覚えています。ところが、息子の家に引き取られたことは、記憶障害のため覚えていません。朝起きると、全く見慣れない家に寝ていることがわかります。周りの状況は目に入っても認識出来ないため、息子の家にいるということも判断できません。私は見知らぬ人の家にいる、早く家に帰らなければと家の外に出ていきます。息子の家から元の家まで、歩いて帰れる距離にありませんし、道も分かりませんから当然徘徊することになります。その内、なぜ自分が外を歩いているのかも忘れてしまいます。かくして、わけが分らぬまま外を徘徊する老人となってしまうのです。
 
 
認知症の原因による分類
 
①変性性認知症
②血管性認知症
③その他の認知症(治るものもある)
 
 
変性性認知症とは、脳にいらないものがたまる事で起こる、認知症です。全認知症の6割と言われています。変性の身近な例は、卵に熱を加えてゆで卵にする事です。生卵とゆで卵では、全然違うものです。熱という作用によって生卵はゆで卵に代わります。一度ゆで卵になったものを、生卵に戻すことは、極めて難しいです。
変性性認知症は、脳にたまったいらないものが、脳を変性させることで起こります。代表的な病気がアルツハイマー病・Levy小体型認知症です。紙面の都合上、それぞれの病気の中身には触れないこととします。
なぜ脳にいらないものがたまるのか、十分には解明されていませんが、このような仕組みが考えられています。血管は、体に栄養を与えると同時にいらなくなったものを持ち出す働きをしています。血管の働きが弱くなり、いらなくなったものを排泄できなくなった結果、変性が起こるのではないかとも言われます。従って、変性性認知症を予防するには、血管を守ることが大切です。
 
次の血管性認知症は、全認知症の約3割を占めています。
脳細胞に栄養を与える血管がダメージを受けるため起こる認知症す。田んぼに水を入れる水路の一部が絶たれた状態を想像して下さい。その先にある田んぼの稲は全部枯れてしまいます。一度枯れた稲を元通りにすることは非常に困難です。従って血管性認知症を予防するには、血管を守ることが大切ということになります。
 
最後の認知症は、それ以外の原因で起こる認知症です。
ビタミン不足や、アルコールの多飲、頭にバイキンがついた場合などがあります。
これらは、ビタミンを補ったり、アルコールをやめたり、バイキンをやっつける事で治療可能な場合があります。認知症を疑った時、病院に来て頂きたい理由の一つは、これら治療可能な認知症があるからです。
 
ここまでをまとめますと、認知症の9割を占める変性性認知症血管性認知症は、発症すると治療が難しいから予防が大切。予防には血管を守ることが大事ということです。残り1割弱の認知症は、治療可能な場合があるため、是非医療機関を受診してください。
 
本日の本題に入ります。認知症の予防は、何といっても血管を守ることです。
血管を守るとは、生活習慣病を予防治療することにほかなりません。
生活習慣病、どのようなものをご存知でしょうか。
高血圧・高脂血症・糖尿病・たばこ・内臓脂肪型肥満。
これらはすべて、血管にダメージを与える病気です。血管の病気はなかなか症状がでない特徴があります。すでに治療されているならばその治療の継続を、年1回の検診をお勧めします。
これらになりにくいようにするには、食事に気を付けることと、適度な運動をすることが勧められます。

健康長寿の秘訣は、3つに収まる

健康で長生きしたい。

ほぼ全ての人の願いだと思います。

インターネットを検索すると、健康情報が山のように目に飛び込んできます。

それは良いことなのでしょうが、余りにも情報が多く、また玉石混交している為、それらの情報に翻弄されて、却って苦しくなり、外来を受診する人が幾人もありました。

出来るだけ簡潔に、健康長寿の秘訣を表す必要があると思います。

 

健康長寿であるためには?

日本人の死因、寝たきりになる原因を知り、それらを避ける生活を送れば、健康で長生き出来るでしょう。既に厚生労働省が統計を示しています。

 

死因:第一位~第五位

 

ガン・心臓病・肺炎・脳卒中・老衰(平成24年 人口動態統計)

 

寝たきりの原因:第一位~第五位

 

脳卒中認知症・衰弱・骨折・関節疾患(平成22年 国民生活基礎調査

 

よって、これらの病気を避ける生活を送れば、健康で長生きできる可能性が、グッと高まります。

 

脳卒中が重なっている為、全部で9つの病気が出てきました。

9つの病気、全ての対策を覚えるのは大変です。

実は、これらの病気は、3つにまとめることが出来ます。

 

健康長寿の秘訣は、3つに収まる

その3つとは、血管の病気・運動器の病気・ガンです。

 

血管の病気:心臓病・脳卒中認知症

運動器の病気:骨折・関節疾患

血管の病気・運動器の病気・ガンの結果、肺炎・衰弱・老衰が起こります。

 

よって、血管の病気を避け、運動器の病気を避け、ガンを早く見つけて治療すること、これが健康長寿の秘訣です。

 

9つの病気が、このように分類される理由を、説明します。

 

血管の病気:心臓病・脳卒中認知症

人の体は、37兆の細胞で出来ていると言われています*1

細胞が生きるためには、栄養と酸素が必要です。ほとんどの細胞は、自ら動くことは出来ません。人の体には、栄養と酸素を、細胞まで届ける仕組みがあります。この仕組みを担っているのが、血管とその中を流れる血液、そして、血液を動かす心臓です。

血液の流れが途絶えると、細胞はたちどころに死んでしまいます。例えば、心臓が10分止まり、血液の流れが滞ると、脳が死んでしまい、回復することは困難と言われています。

この血液の流れを保つ仕組みの中で、血管が最も痛みやすい臓器です。血管が痛んだことで起こるのが、9つの病気の内の3つ、心臓病・脳卒中認知症の3つです。

 

心臓病

心臓病の代表が、心筋梗塞です。心臓は、血液を体中に流すポンプの役割をしています。心臓は、小さな筋肉細胞が集まって出来ており、それらの筋肉は、心臓の周りに張り巡らされている、冠動脈という血管から血液を受け取って生きています。この冠動脈が詰まって、心臓の筋肉が動かなくなることを、心筋梗塞と言います。心筋梗塞は、ご存知のように、致命的な病気です。この病気は、血管が痛むことで引き起こされる病気です。

 

脳卒中

脳卒中とは、脳出血脳梗塞の二つを言います。脳出血とは、脳の血管が衰えて破れた時に起こる病気です。脳梗塞とは、脳の血管が衰えて詰まった時に起きる病気です。いずれも、血管が痛んだ結果起きる病気です。

 

認知症

認知症が、なぜ血管の病気なのか、この記事で説明すると長くなるので、機会を改めて記載したいと思います。

 

運動器の病気:骨折・関節疾患

運動器とは、私たちが運動するときに使う、筋肉・骨・関節を言います。骨折と関節疾患が運動器の病気であることは、明らかなので、説明を省略します。

 

血管の病気・運動器の病気・ガンによって起きる病気:肺炎・衰弱・老衰

 衰弱・老衰は、上記の病気の結果起きるのは、明らかだと思います。肺炎が、血管の病気・運動器の病気・ガンによって起きる理由は、この記事で説明すると長くなるので、別の記事で説明したいと思います。

 

以上、健康長寿の秘訣は、3つに収まる。3つとは、血管の病気を避け、運動器の病気を避け、ガンを早く見つけて治療することである、ということを、ご理解いただけましたでしょうか?

分かりにくいところがあれば、ご意見を頂けると幸いです。

*1:An estimation of the number of cells in the human body Eva Bianconi et al, Annals of Human Biology Volume 40, 2013 – Issue 6 Pages 463-471: 05 Jul 2013 DOI:10.3109/03014460.2013.807878